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ようこそ、「スネークパパの掲示板」へ。お気軽に投稿いただければうれしいです。(『スネークパパの部屋』管理者イレブン)

■■イレブンへの連絡先■■ メール:hal9000jp@ace.ocn.ne.jp ■■■■
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 イレブン流一人で出来る眼の撮影法  イレブン  2018年11月29日(木) 4:43
修正
源流系帝王ラインの目の画像です。現在、2018年11月撮影の画像で作成しているところです。源流系では、目は配合を決める重要ポイントです。今年はカードにして配合を考えています。目の画像は「イレブン流一人で出来る眼の撮影法」を使っていつも一人で撮影しています。目の研究をしていく上で眼の画像の撮影が「一人で」「いつでも」「すぐに出来る」技術を持つことはとても重要だと思います。

★★「イレブン流一人で出来る眼の撮影法」★★

@デジカメ:リコー「GRデジタル」を使います。1cmマクロ機能がポイントです。
A「GRデジタル」のリモコンを使います。※最重要ポイント
B両手で鳩を持って撮影します。
Cリモコンを口にくわえて、スイッチを押します。

一番のポイントは、口にくわえてスイッチを押せる「スイッチ」です。
二番目に重要なのは、マクロ撮影が得意なデジカメを使うことです。

やっと種鳩の目の撮影が終わったので現在編集作業に入っています。連載はチョット中断です。

 GRデジタルのリモコン  イレブン  2018年11月29日(木) 4:51 修正
GRデジタルは2005年発売の古いデジカメですが、撮影能力は今でも話題になるほどの名器です。ヤフオクで探せば出てきます。結構な値段がします。イレブンがこのデジカメにこだわっているのは、画像左のリモコンが使えるからです。このリモコンは製品名は「CA-1」です。両手を使わないと撮影できない鳩の眼の撮影の最大の課題は、スイッチです。このリモコンだと、口にくわえて舌を使ってスイッチが押せます。舌を使うと焦点を合わせる微妙な調整も可能です。このスイッチが使えるデジカメのであれば他のデジカメでも目の撮影はちゃんと出来ます。リコーの古い機種のデジカメしか使えません。最近の機種のデジカメで口にくわえてスイッチが押せる機種があればそれでもいいと思います。目の撮影で一番のポイントはリモコンのスイッチです。
※注意:GRデジタルシリーズでも初代「GRデジタル」だけです。他の機種は使えないようです。必ず使えるリモコンを確認して下さい。GRデジタル以外では、リコーCXシリーズでも使える機種があります。ただし、必ず1cmマクロ機能がある機種にして下さいね。★目の撮影は1CMマクロ機能でないと撮影できません。★リモコンの次世代機である「CA-2」が使える機種の場合、1cmマクロ機能ではない機種があるようですので気をつけて下さいね。

 連盟表彰式  イレブン  2018年11月25日(日) 20:59
修正
今日、イレブンの地元の連盟表彰式がありました。春700K地区N連合会1位だった【源流SSクイン号】が連盟総合4位、秋500Kレジョナル5位入賞だった【源流341号】が連盟総合9位で2羽が総合序列で入賞しました。また、連盟優秀鳩舎得点で10位と、初めてトップテンに入ることが出来ました。
これからも更に鳩質の向上を目指して頑張ります。

   FUJITA  2018年11月26日(月) 13:48 修正
イレブンさんもレースマンになってきましたね〜

 レスありがとうございます!  イレブン  2018年11月26日(月) 21:31 修正
おかげさまでやっと連盟総合に名前があがるようになってきました。

この掲示板を立ち上げた頃、FUJITA様を始め、諸先輩方が色々おっしゃっていたことの重みをやっと分かるようになりつつあります。もともと、イレブンは、超不器用な人間ですので、何をするにしても時間が掛かるほうですから、いつもこんな調子です。

5年前、オリンピックの年までには、稚内を帰したいと掲示板に書いたのですが、最近では1000Kレースでさえもままならぬ状態になっていて稚内どころではありません。来年を含めてこの2年間で、まずは最終レースのGP、GNを帰すことを目標にがんばります。

鳩レースを再開していたお陰で、定年を過ぎても、心を燃やす目標を持てることは、とても幸せなことだと実感しています。まだまだ、駆け出しにすぎませんが頑張ります!!

 ★★【源流253クイン号】改め【源流SSクイン号】17−06741BW♀源流系代表源鳩  イレブン  2018年11月21日(水) 22:48
修正
 これまで【源流253クイン号】という名称にしてた17-06714BW♀の名前を正式に【源流SSクイン号】の名に変更しました。

 このSSは勢山系創始者の勢山庄太郎のイニシャルで勢山庄太郎鳩舎の鳩に装着されていた脚環にも刻印されていた「SS」です。そして、関西及び広島鳩界で戦後の輸入系異血が混じっていない勢山系を「エスエス」と呼び、大切にしていた「SS]です。

 戦後のエスエスの銘鳩253号と性別は違うものの、700キロ当日優勝(253号は全国優勝ですが)、二引の刺し、柿眼、といった成績や特徴も似ていることで、あえて、約1世紀の後にも勢山系が活躍していることを記す意味を込めて「SS」の名を使用させてもらうことにしました。名に恥じぬよう直系の活躍に向けて一層の継承と改良への精進をして参ります。

 連合会会報の表紙にはこの画像を掲載してもらうことにしました。目の画像はC/Aがくっきりと写っている画像を使用しました。

※下画像:源流SSシルバークイン号、源流SSクイン号の実姉 

 ★★現在編集中★★ ■研究資料■源流SSクイン号と勢山庄太郎の基礎鳩の関係  イレブン  2018年11月22日(木) 4:40 修正
 一昨日、掲示板をご覧頂いている方から、源流系と勢山庄太郎のSS系とのつながりがよく分からないとのご指摘がありました。それが、源流253クイン号の改名のきっかけでもあったのですが、確かに、スネーク系や帝王系の基礎鳩にエスエスの銘鳩【天龍号の母】が入っていると言うこと以外に具体的に解説をしていませんでしたの説明不足だったなあと反省しています。

 現在、イレブン編「勢山エスエス系研究ノート」は、勢山庄太郎の人物研究に入っているところですが、資料調査も必要な段階に入ってきていますので、ここで一端、この基本的なところを整理したいと思います。そこで、研究の出発点を新しく改名したばかりの【源流SSクイン号】から始めますね。

追跡研究の手法としては、まずは、系図上の関係を徹底調査解明します。更に、遺伝の流れをはっきりさせるために羽色と目色で解明していく計画です。

★★しばらく、編集中ということで、落ち着くまで、何度も書き換えていくので読まれる際は、ご考慮願います★★

 【@源流SSクイン号系図】  イレブン  2018年11月22日(木) 6:27 修正
実は源流SSクイン号は、平成スネーク系の基礎鳩である【3代目スネークスター号】超重近親配合による作出鳩なのです。

系図上に【3代目スネークスター号】とその全兄弟【スネークスタークイン号】の名前だけでも7回出てきます。更にその3代目スネークスター号の異母兄弟である【3代目イーグルスター号】も加わってきます。

つまり、源流系代表源鳩【源流SSクイン号】は、帝王系及びスネーク系の基礎鳩である700K総合優勝【スネークスター号】の銘血を幾重にも重ねてきた配合による作出鳩であると言うことになります。

では、次にこの【スネークスター号】【2代目スネークスター号】【3代目スネークスター号】とエスエス系との関係について解説しますね。

【3代目スネークスター号】と【スネークスタークイン号】は700K総合優勝【2代目スネークスター号】と800K当日1羽帰り総合優勝【旧名:皇龍葵号】(上画像ではスネークゴールドクイン号となっています)との配合による全兄弟です。

2代目スネークスター号はスネークスター号の親子配合ですが、その配合場とである【皇龍葵号】は、2代目スネークスター号の妹の孫に当たる鳩なのです。

源流系基礎鳩の【源流ブラッククイン号】は、上・左記画像の【3代目スネークスター号】と【スネークスタークイン号】との全兄弟配合で作出された鳩です。【スネークスター号】だけで12重近親になります。


 ・  イレブン  2018年11月22日(木) 6:49 修正




 【2代目スネークスター号】  イレブン  2018年11月22日(木) 7:54 修正
2代目スネークスター号は初代スネークスター号の親子配合作出鳩です。

 【スネークスター号】  イレブン  2018年11月22日(木) 8:02 修正
スネーク系基礎鳩700K総合優勝【スネークスター号】帝王パパ作翔の系図をご覧下さい。

母親【ブルースター号】の母【69MK2406】のところに「ムロタ羽幌号の弟×39050」と書かれています。この「39050」とは、どんな鳩のことでしょう。

これが、広島鳩界でエスエス系最高の雌種鳩と言われていた「天龍号の母」なのです。

次頁画像の「スネークバイオレット号」系図に「38−39050」とある鳩のことです。

※下画像は「スネークスター号全兄弟鳩です。帝王パパ作の鳩でエスエスの雰囲気がとても強く出ています。イレブンの鳩舎には今もこのような雰囲気を持つ鳩がよく生まれています。SSの遺伝の力の強さを感じます。

 【スネークバイオレット号】  イレブン  2018年11月22日(木) 8:16 修正
帝王系基礎鳩の【帝王号】の母であり、【2代目スネークスター号】の祖母です。
スネークバイオレット号は【天龍号】の直仔ですので、ここにもエスエスの銘鳩【天龍号の母38−39050】の姿が系図に出ています。

 ■【源流ゴールデンSS号】について■  イレブン  2018年11月23日(金) 23:09 修正
源流系SSラインは、スネーク系基礎鳩700K総合優勝【スネークスター号】を軸にした、【2代目スネークスター号】【3代目スネークスター号】のラインで形成された勢山エスエス系です。これは、スネークパパさんが意図的に銘血の固定化を図ってこられたスネーク系の主軸でもあります。

この左画像の【源流ゴールデンSS号】はその結晶とも言うべき配合構成で作出された鳩です。この系図を見ると【スネークスター号】がそれこそ幾重にも重ねられた重層的な近親になっています。

今問題にしている【天龍号の母38ー39050】から見ると実に23回重近親となっています。(左画像系図は誤記入)これだけの究極とも言える極近親を重ねて出てきた鳩がこの【源流ゴールデンSS号】です。

元々、勢山系には、石目のラインと金目のラインの2つの流れがありますが、この【源流ゴールデンSS号】は、勢山系の金目の究極の目のひとつではないかとイレブンは考えています。このことはどこかで詳しく整理しますね。

この【源流ゴールデンSS号】は、これほどの極閉鎖近親配合で作出されているにもかかわらず、羽質や筋肉質の柔軟性や骨格のバランス等に退化した形跡が全く見られません。勢山系の特徴のひとつである「腹割れ」がきっちりと現れています。

この【源流ゴールデンSS号】は、スネークパパさんがスーパーイーグルさんの鳩舎から特別借用されていた鳩でした。後に、貴重な銘血の結晶でもあるので、【4代目スネークスター】の実姉である【源流ブラッククイン号(旧名:スネークブラッククイン号】で系統確立を目指しているイレブンに再借用された鳩でした。しかし、本年春、この源流系エスエスラインで700K当日優勝の【源流SSクイン号】が誕生したことで、兄弟子スーパーイーグルさんのご配慮により、源流系のエスエスラインの基礎鳩として正式に使わさせて頂くことになった鳩です。

これから、源流系エスエスラインの主軸となる【源流SSクイン号】と全兄弟実姉の【源流ssシルバークイン号】と配合して行く計画です。そして、「飛ばして残す」の原則を何処までも大切にして銘血の継承と改良に精進していきたいと心しているところです。

 

 ■源流系エスエスラインと広島鳩界エスエス最高種鳩【天龍号の母38ー39050】との関係■  イレブン  2018年11月24日(土) 6:37 修正
これまで、源流系エスエスラインと広島鳩界エスエス最高種鳩【天龍号の母38ー39050】との関係を可能な限り系図上で示して解説しました。次の【天龍号の母】と勢山庄太郎鳩舎の勢山系との関係の解説は別章を立てて進めたいと思っています。

その前に、ここまでに系図上に出てきたスネーク系におけるエスエスの銘鳩達でまだ掲載できていない銘鳩の画像をここに一度まとめておきます。エスエスの鳩質がどのように維持継承と改良されているかが見えてくるかも知れません。

 ■【スネーク中村号】関連資料■  イレブン  2018年11月24日(土) 6:44 修正
【スネーク中村】については、丁度今年kymorioka様より、調査依頼があっていたので、この掲示板にて紹介していました。もう一度ここに掲載しますね。
その際に頂いていたレスです。

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■スネーク中村号 kymorioka  2018年6月20日(水) 23:32  ・  2018年6月28日(木) 5:01 ■

おかげさまで「スネーク中村号」を見ることができました、やはり難レースを制した鳩は違いますね、目、表情、色の出方最高ですね、飛んでよし種によし、この時代でも宮古市では1000Kを帰った事とが無かったとおもいます1000K帰すにはかなりハードルの高い地域です、同じ沿岸地域でも宮城ではよく帰っていたようです、岩手でもこの当時は内陸部での帰還は結構ありました、このレースは帰還困難地帯の宮古市での連盟1羽帰りなので非常に価値のある1羽帰りといえます、しかも参加地域中最遠距離の1100Kです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ■スネークオブスター号■    2018年11月24日(土) 7:57 修正
このスネークオブスターについての解説をスネークパパさんの過去ログから引用しておきますね。2004年9月に記事です。

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■保存***スネーク・オブ・スター号 スネーク系二代目基礎鳩  投稿者情報スネークパパ 2004-09-19 10:44■

スネーク・オブ・スター号は、立ち気味のスタンスの鳩であり、とじこめて写真を、とつたためかこのように写つています。ここで気が付いたのは、佐々木稚内1号も同じように写つていることです。

灰せんの幅と黒の色の入り、すぐれたものを持っています。この鳩は、巣立ちのとき「シケゴ」でした。

優れたスネーク系の石目を持っていました。

この【スネーク・オブ・スター号】スネーク系二代目基礎鳩は、【スネーク・キング号】の弟鳩なのです。【スネークキング号】は、基礎鳩スネーク・スター号と其の同腹鳩である基礎鳩スネーク号との同腹近親が、どの様な結果を出すのか。テストとして作出したのです。

そして、ここまでがスネーク系の近親の限界であり、これ以上は追い込めないと感じて、すぐに元のゴールデン配合に戻したのです。スネークキング号の直系の成功はすざましいものでしたので、スネーク号が、老鳩に成った時、後継鳩をとらねばと同腹近親配合で4羽作出しました。その1羽がこの【スネーク・オブ・スター号】なのです。この直仔が、岩手スネークロフトで岩手成功しました。当歳1100キロ総合優勝東北地区歴代最高分速樹立で現在も記録保持。【スネーク中村号】です。

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スネークパパさんの別な投稿が見つかりました。【スネークオブスター号】の説明が興味深いです。

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■スネークオブスター号について 投稿者情報スネークパパ 2013-05-31 21:22 ■

スネークオブスター号は、スネークパパが、スネーク理論で、長距離胡麻と、説明している長距離胡麻の反対表現のライト長距離胡麻の、代表的な鳩といえると思います。

三角形の区切りの良さと切れの良さが、大切な鑑定のポイントになります。

しかし、肩口の胡麻が三角形の区切りがボケて崩れています。
この鳩が、同腹鳩同士の全兄弟配合で、作出されているためであります。
しかし、スネークキング号と、同じく直子の成績とも直系の成績とも素晴らしいものであります。

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 【4代目スネークスター】    2018年11月24日(土) 20:49 修正
3代目スネークスターと全兄弟スネークスタークインの配合による作出鳩です。姉の【源流ブラッククイン】はバイオレットのプラチナ巻きの目でしたが【4代目スネークスター号】はバイオレットの金巻き目です。

 【3代目スネークスター号】の無修正画像です。    2018年11月24日(土) 20:53 修正
愛鳩の友誌の表紙を飾った【3代目スネークスター号】はおでこを修正した画像だったとスネークパパさんはおっしゃっていました。スネークパパさんは、このおでこ顔の無修正画像を自慢して居られました。

 【スーパースターキング号】97BF29662B♂    2018年11月25日(日) 5:07 修正
【2代目スネークスター号】の弟84PH2915×【スネーク中村号】


※持つ勢山エスエス系の鋭い雰囲気を持つ銘鳩ですね。惚れ惚れします。

 【スーパー・スタークィ−ン号】    2018年11月25日(日) 5:31 修正
 スーパーイーグル系の最高基礎鳩であり、愛鳩の友誌の2015年11月号の表紙を飾った【スーパー・スタークィ−ン号】は、【源流SSクイン号】の4代父、【源流ゴールデンSS号】の3代父で【3代目スネークスター号】と母親違いの【3代目イーグルスター】の全兄弟姉です。

スネークパパさんの解説文をです。

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■スーパー・イーグル系平成最高基礎鳩【スーパー・スタークィ−ン号】 投稿者情報スネークパパ 2006-01-04 20:37■
スーパー・スタークィ−ン号 94−BF−30800BP
♀ 竹中 啓一鳩舎作 スーパー・イーグル系平成最高基礎鳩

父は、二代目スネーク・スター号竹中 啓一作翔700キロ総合優勝 超長距離日本在来系・スネーク系最高基礎鳩スネーク・スター号700キロ総合優勝の親子配合作出による・スネーク系二代目最高後継基礎鳩

母は、スネーク中村号 ・スネーク系三代目代表鳩・岩手 竹中 啓一鳩舎作翔当歳岩手GC中村1100キロ連盟最高分速樹立・桜花賞総合優勝、

二代目スネーク・スター号・スネーク系二代目最高後継基礎鳩の直仔は、現在日本に三羽しか生存しない貴重な銘鳩。

スネーク系確立者・竹中啓一師匠に、スーパー・イーグル系基礎最高主流になると言しめた銘鳩である。

スネーク中村号は、父・スネーク・オブ・スター号 竹中啓一作は、スネーク・スター号700キロ総合優勝と、スネーク号700キロ総合10位1000キロの、同腹配合作・スネーク系二代目最高基礎鳩 母は、スネーク・オブ・クイーン号      

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ■【3代目イーグルスター】について■  イレブン  2018年11月27日(火) 3:55 修正
 スネーク系のエスエスラインの結晶とも言うべき【源流ゴールデンSS号】は3羽の鳩で構成されています。すなわち、♂は700K当日総合優勝の【2代目スネークスター】の1羽で、雌は800K当日唯1羽返り総合優勝の【皇龍葵号】と当歳1100K連盟最高分速樹立(現在も記録保持)優勝の【スネーク中村号】です。しかも、この代をひとつ下げても同じ3羽の鳩で構成されています。つまり、【3代目スネークスター号】とその全兄弟の【スネークスタークイン号】と【3代目イーグルスター号】の3羽です。

 スネーク系二おけるSSラインの型を考えるとき、どうしてもこの【3代目イーグルスター号】の存在が気になるところです。そこで、作出者の大分のスーパーイーグルさんに何か画像などの資料が残っていないか調べて頂きましたが、手元には残っていないとのことでした。

 イレブンは現在連載中の『勢山エスエス系研究ノート』では、エスエス関連の資料を可能な限り掲載する方針で執筆を進めておりますので、ここはどうしても【3代目イーグルスター号】の姿を推察できる資料をそろえておきたいと思い、上記の【スーパースターキング号】97BF29662B♂と【スーパー・スタークィ−ン号】94−BF−30800BPの2羽の画像を掲載していたのですが、更にもう一羽愛鳩の友誌に公開された全兄弟が存在していることが分かりました。岩手の銀龍系基礎鳩の【銀龍号】です。2005年4月号の表紙掲載されています。

 【3代イーグルスター号】は、この【銀龍号】と【スーパースターキング号】の2羽の雄の全兄弟です。2羽ともプラチナ石目のエスエスタイプの銘鳩です。同じような鳩だったと推察してもよいように考えます。

 目の画像(C/A)   イレブン  2018年11月23日(金) 15:50
修正
午前中種鳩の目の撮影を行いました。(C/A)が撮影できたのが2枚ほどありました。うっすらと写っているので良く見ないと分かりませんが……。

上:源流ゴジラ号  
下:源流モンスター号

 18年秋 500k連合会5位 【源流341号】18−0341  イレブン  2018年11月17日(土) 12:04
修正
疲れもとれてきたようです。帝王系ラインです。長距離胡麻になっていますね。来春の期待鳩です。

●18−0341BC♀

□父【源流パールJr号】

 □2代父【源流メタリック号】
 □2代母【源流パール号】

□母【源流W1918号】※全兄弟配合

 □2代父【源流モンロー号】
 □2代母【源流1918号】

 700K当日1位【源流253クイン号】の画像  イレブン  2018年11月11日(日) 21:49
修正
 イレブンの所属する連合会の会報の表紙にこの春700キロ当日1位優勝した源流253クイン号が掲載されるとのことでした。この700キロレースの放鳩日は本年4月16日のことでした。源流253クイン号は、確か当日夕方17時40分ぐらいに帰舎しました。丁度、選手鳩に餌をやりかけていたときでした。
 表紙に載せる画像は、この3日後の4月19日に撮影した画像です。結構ピンピンしていたので思わずシャッターを切って撮影しました。
 折角表紙に出るのだから、帰って来た時の状態に近い画像の方が良いかと思って選びました。現役レーサーの緊張感が体全身に溢れている感が気に入っています。
 目の画像はC/Aが分かる画像を選んでいますが、チョット分かりにくいようですね。 

 ちなみに2018年11月3日に撮影した253クイン  イレブン  2018年11月11日(日) 22:03 修正
C/Aがかなりくっきりと写っていますね。優勝後、種鳩の部屋に入れてましたので、チョット緊張感がありません。仕方ないことですが。

 【源流シルバースター号】2018年11月3日撮影  イレブン  2018年11月12日(月) 6:20 修正
 源流253クイン号の実姉です。
 2羽とも、現在研究連載中の勢山庄太郎鳩舎の鳩の間違いない子孫です。名人勢山庄太郎がこの画像を観たら、どうおっしゃるでしょうね。
 名人勢山庄太郎さんから「ヨロシウおます」と言っていただけるような銘鳩を作ることがイレブンの「見果てぬ夢」です。

 源流系エスエスラインのC/Aの系譜  イレブン  2018年11月12日(月) 22:34 修正
どちらもC/Aがかなりはっきり撮影できました。

源流253クインから見たとき

○源流金姫号は父方の祖母

○源流すみれ号は実母親

 父親【金姫キング号】2018年11月画像  イレブン  2018年11月17日(土) 11:59 修正
700K当日1位源流253クイン号の父 源流系SSライン基礎鳩 300K後日

 イレブン編■勢山庄太郎 人物年表■    2018年11月17日(土) 4:58
修正
下の■「『関西鳩界の重鎮 勢山氏との初対談記』 並木安一」から見えてきたこと@■人物年表■のレスを別項として編集できるようを頁を新しくしました。今後の加筆・修正及び考察の記述を簡単にするためです。

 ■勢山庄太郎 人物年表(※参考として鳩界事跡も付記)■  イレブン  2018年11月17日(土) 4:59 修正
【 0歳】1874年(明治7年)誕生
【2歳】1876年(明治9年)※日本初京都→奈良25キロ鳩レースが開催
【5〜6歳】1880年前後(明治13年頃)鳩を飼い始める
【20歳】1894年(明治27年)※日本初民間愛鳩家団体「大阪鳩楽会」発足、勢山庄太郎も会員となる(推測)
【40歳】1914年(大正3年)※「大阪鳩楽会」が名称変更して「大阪好鳩会」となる
【44歳】1919年(大正 8年)※3月31日クレルカン中尉及び1000羽の伝書鳩来日
【45歳】1920年(大正 9年)
【46歳】1921年(大正10年)
【47歳】1922年(大正11年)※4月クレルカン中尉ら3人帰国
【48歳】1923年(大正12年)5月雑誌「鳩」創刊、出版社大阪鳩園社の本社特別賛助員就任
【49歳】1924年(大正13年)
【50歳】1925年(大正14年)4月20日 東京師岡邸にて「愛鳩家の集い」に出席
【51歳】1926年(大正15年)雑誌「鳩」2月号に勢山庄太郎「鳩の優劣鑑別法」が掲載、10月23日【SS278号B♀】生まれる
【52歳】1927年(昭和2年)
【53歳】1928年(昭和3年) 10月19日【SS375B♂】生まれる
【54歳】1929年(昭和4年) 5月25日釜山→大阪600Kレース翌日帰還優勝【SS278B♀(2歳)】、【SS375B♂(当歳)】後日帰還、大阪御堂筋通りにてオープンカー3台でパレード、※並河靖(当時16歳)勢山庄太郎の存在を知る
【55歳】1930年(昭和5年)
【56歳】1931年(昭和6年)
【57歳】1932年(昭和7年)東京並木安一宅訪問
【58歳】1933年(昭和8年)5月28日逝去(59 歳)

 考察1 「勢山エスエス系基礎鳩【大9ー5554B♂】【France1929-5382B♀】を手に入れたのがいつなのか  イレブン  2018年11月17日(土) 5:04 修正
現在、調査・考察中です。ご意見等あれば投稿お願いします。

(1)基礎鳩【大9ー5554B♂中陸作】【France1929-5382B♀】の脚環番号について

※「在来系の原鳩を訪ねて」(その二)日本鳩レース協会参与堀場[金市]郎■勢山系の原鳩■を参照

 貴重資料 ピジョンダイジェスト誌 創刊2号  イレブン  2018年11月15日(木) 6:02
修正
kymoriokaより、ネットオークションに「ピジョンダイジェスト誌 創刊2号」が出ていたといううことを教えて頂きました。最近のことだそうです。PD誌はイレブンが持っている資料の中でもっとも少ない資料です。30冊程しかありません。
「 ピジョンダイジェスト誌 創刊2号」の記事の内容を見るとさすがに大田氏が気合いを入れて編集されていただけに今見ても、執筆陣がきら星のような方ばかりですね。とくに細川英次郎氏の「種鳩の選び方」並河先生の「オペル系について」の記事は、興味をそそりますね。

もしこのPD誌を落札された方がこの掲示板をご覧であれば、このPD誌の記事の一部分でいいですのでこの掲示板にアップしてご紹介頂けませんか。出来れば今後研究のために引用資料として活用させて頂きたいです。 

 源流系SSライン基礎鳩の眼2018年11月撮影  イレブン  2018年11月14日(水) 21:38
修正

 勢山エスエス系研究B−1 勢山庄太郎とその時代  イレブン  2018年11月4日(日) 22:42
修正




































■この章で目指していること■

 秋レースも終わり、優勝1回、入賞6回という過去最高の秋レースの成績でした。これから、レース結果を振り返って、成果と課題を分析し、明年の配合計画に参考にしたいと思っています。途中から始めた「ミュニエ号研究」も、しばらく、調査期間に入りますので、連載継続中だった「勢山エスエス系研究」を再開します。

 「勢山エスエス系研究B」ではいよいよ勢山系創始者勢山庄太郎その人に焦点を当てて調査研究を進める考えです。これまで勢山系の研究は数多くだされてきましたが、そのほとんどは、終戦の年に服部氏から勢山系を継承した細川英次郎からの研究で占められています。

 戦前の日本鳩界の中心は関西でした。その関西で勢山庄太郎の存在はその人格・識見とも絶大たる人物でした。しかし、それだけの人物でありながら、その足跡や鳩理論、そして、人物の画像すら、今日まで、資料として残されたものが明らかではありませんでした。
 そこで、現在の時点で可能な限りの資料調査を行い、手に入った全ての「勢山庄太郎」の資料をこの「勢山エスエス系研究B−1 勢山庄太郎」編で執筆研究を進めたいと思っております。そして解説や考察も加えて、今後の研究の基礎資料としたいと思っています。

 イレブンは今、エスエス勢山系の研究に於いて、その系源となる原鳩についての考察を加えていく上で、どうしても、勢山系の創始者である勢山庄太郎と大正8年(1919年)からのクレルカン時代そのものの全貌をある程度明らかにしなければ成らないと感じています。
 エスエス勢山系の原鳩については、クレルカンが特別に持ち込んでいた鳩であり、それを岩田巌が密かに勢山庄太郎ら関西の旦那衆に「横流し」をしたという事実については、前章で示した掘場先生の証言で明らかになりました。しかし、それが、どんな時代状況の中で行われたのかということをもっと明確になれば、「横流し事件」の持つ意味やそこで横流しされた「鳩たち」の存在についても理解が深まるのではと思うのです。

 そこで、勢山庄太郎自身の人物像を可能な限り明らかにし、その人物が所有した基礎鳩が、当時の我が国の鳩界の中でどのような存在だったのかについて考察を加えてみたいと考えています。
 また、このことを明らかにしていくことで、戦前の鳩界の実像がもっと明らかになるだろうと推測しています。

 これらのことは、実は、『クレルカン時代の検証』の研究範囲に入る分野です。しかし、研究の進展上、この章において、しばらく、人物研究と時代考証を踏まえる必要があると感じておりますので、いわば、『クレルカン時代の検証』の第2幕のダイジェスト版的な章になると思っています。そうした時代検証が中心となる章として眼を通していただければありがたいです。

では、その時代検証の切り口は、これら公開貴重画像の検証から始まります。愛鳩家の集いに写った勢山庄太郎の実写画像とその集いの参加者の寄せ書きにある自筆サインです。

 画像前列右から4人目が勢山庄太郎です。貫禄のある堂々とした人物であることがこの画像からでも伝わってきますね。この写真の最中央で写っているという事実だけで、いかにその存在が大きい人物であったかが想像できます。勢山庄太郎の画面右にいる軍服の人物があのクレルカン中尉の弟子と自認されていたという伊崎大尉です。この方は戦後も生きておられ、多くの貴重な証言を書き残されています。

 この画像は1925年(大正14年)4月20日に関西伝書鳩総合協会の会員であり、当時東京に在住していた師岡氏の自邸で撮影されたものです。ここで撮影された日に署名された色紙の画像もありました。当時の名だたる人物の名前が連なっていますね。まずはここから検証を進めていきましょう。

 愛鳩家の集いの色紙−勢山庄太郎の自筆サインー  イレブン  2018年11月4日(日) 22:59 修正
・イレブンはこの実写画像と自筆サインを見つけたとき、思わず驚きの声を出しました。

 きっとここに写って折られる方は、まさか93年後の21世紀の未来でインターネット上にアップされるなんて夢にも考えていなかったでしょうね。

 これから、ここにサインをされている方々のプロフイールを可能な限り調査してそれらの人物とこの集いがどのような意味を持つものなのかを明らかにしていきたいと考えています。この欄は、研究調査をしながらその都度判明したことをことを追記しながら整理していきたいと思います。まずは寄せ書きで読み取れた人物の実名と当時の住所です。住所は当時の住所ですから現在住所名とは相当違っています。当時の古地図で調べないと現在位置が特定できません。気長に調べたいと思います。
 
 プロフイールは、当時の文献等の中で分かったことを追加していきます。もし何かご存じの情報がありましたら、是非教えて下さいね。特に関西方面の方でこの掲示板をご覧の方であれば、これらの人物について何か地元で伝わっている逸話などがあれば教えていただければありがたいです。

《「愛鳩家の集い」に参加している人物のプロフイール調査》

■田中丑松■大阪市天下茶屋鯨池畔
■勢山庄太郎■大阪市南区佐野屋橋北詰■、勢山系確立者、※情報多数
■今西小三郎■京都市竹屋町通寺町西入る■京都鳩界の草分け的人物(掘場先生証言より)
■徳永秀三■大阪市淀川区十三南之町■徳永系確立者、勢山庄太郎と並ぶ関西の旦那衆の中心人物、
■金田喜一郎■大阪市天王寺区上ノ宮町十二
■伊藤銀三■大阪市東区石町ニノ二二
■瀧川忠三郎■京都市鳥丸通六角南入
■坂口音三郎■京都市鞍馬口寺町西入
■森弥三郎■京都西蛸柴師境町角
■西村種造■大阪市東区安土町二ノ七三■店主西種飼鳥店
■赤松定吉■神戸市琴緒町三ノ二五六
■科野整司■大阪市北区末広町一八

※記載している住所は雑誌「鳩」の広告欄に記載されていた住所です。大正時代の住所表記です。

 □勢山庄太郎の鳩理論と人物像  イレブン  2018年11月6日(火) 16:41 修正
 イレブンのこれまでの調査では、勢山庄太郎の人物像や鳩理論が分かる資料として現在に残っている資料は2点しかありません。
 一つは、月刊「鳩」の連載記事「人と鳩…それから(5)」の「=鳩の優劣鑑別法=大阪好鳩会副会長 勢山庄太郎氏」であり、もう1点は「普鳩」での連載記事「愛鳩十五年第6話 並木安一談」の「関西鳩界の重鎮勢山氏との初対談記」です。

 今日に残された資料はこの2つですが、この2点の資料の全文を起こすだけでも、勢山庄太郎が桁外れの人物だったことが伝わってきます。資料の文字は当時の仮名遣いになっていますので、イレブンが分かる範囲は現代文に直し全文を起こしたいと考えています。感想やご意見がありましたら遠慮無くレスをお願いします。まずは、「=鳩の優劣鑑別法=大阪好鳩会副会長 勢山庄太郎氏」から取り組みますね。

 ◇=鳩の優劣鑑別法= 大阪好鳩会副会長 勢山庄太郎氏◇    2018年11月6日(火) 17:10 修正
■■■

 大阪好鳩会副会長の重位にある氏は本社特別賛助員として永年深禄(みろく)につながれて居る。氏は本邦鳩界に於いて『鳩を鑑る眼』をもつ最も知名なる一人である。
 氏は鳩を飼う方法に就いても他の人々と全然異なる点を多く持っている。就中羽色に至っては、灰色(土羽二引)のみの鳩を飼い詰め飼料も亦麻の実を専用とするなど一風変わったものであるが、氏の優劣鑑別法はこれ又専門大家の舌を巻く程で永年の経験に依り氏独特の法に依り、見るもので殆ど百発百中の妙眼である。
 氏は大会に参加する羽数も極く僅少の三四にしてよく最終の放鳩地点に成功するなど氏の鑑別法の如何に信をおくに足るか実証して居る。
 記者はこの権威ある鑑別法を伝授されんと、ある日大阪佐野屋北詰のお宅に氏を訪れ親しくその鳩についての鑑別説を承った。

■■■(※小見出しイレブンが挿入)

□私の優劣鑑別法の秘訣□

 鳩の優劣を見る秘訣って別にありませんが、ただ、永い間の経験がら得た事をお話ししましょう……、と前置きしながら語られる。
『まア、精神ダマと、足の揃いとを兼ね備えた鳩がよろしい、そこで経験からといいますと、ある霊感作用によるのですね。鳩だってその霊感作用によって遠い水戸、仙台、宇都宮あたりから、雨や霧や霞に出会いながら知らない空中を愛される鳩舎にヒタ飛びに帰ってくるのですから……。
 雑然と沢山な鳩の群れの中から1羽良い鳩を見い出すのについてですって。そうですね。最初眼に写った印象的によいと思った鳩はやはりそれが良いと思います。あれも是もとより抜く中で反って判明しなくなって仕舞いますものでそれが私の秘訣というのでしょうか』。

□優劣鑑別法の実際□

 『元来鳩はベルギイが本場ですがその本場のベルギイは反つて日本に来ると悪くそれは時候の具合によるのでしょうが日本で飼育され大きく成った日本鳩は大変度胸が据わっていて良いようです。
 良い鳩に就いて、やはりその鳩の系統から押して良い鳩を知るという事に
なっていますが、私は大体に自分自身からの見方をとっています。こんなことも実験からでないとどうこう言ってお教えするわけには行きませんが、私は大体に形式的によい鳩の見方として、温順しく落ち着いていて、見ても成るべく肩のところなどが盛り上がっているのがよく、それで反対に羽がペチャリと下げているのはよくありませんね。そして捕らえてみて、やんわりと、弱々しい触覚のするのは悪く、やはり総体がかっしりとして、羽毛俗に(けじまり)のよいのがよく羽根も広げると丁度あの飛行機の翼のように中ふくらみになって、その翼にすきが無く羽根と羽根とが幅広く重なりあっているのがよく、それでなく羽根にすきが多く飛んで風のぬけるようなのはいけません。付け根のところも筋肉が発達して頭なども嘴の上から首の方にかけて、丸みがおびて首も太いのがよく,てっぺんが扁平になっているのは大体悪いようです。眼も成るべく上の方にあって余りパチパチさせずに落ち着いていてその中に一種の威力を持ったのがよろしい。
 眼をパチパチと動かし過ぎたり下の方にあるのは悪いのです。例えば、
 この時氏は図解を加えて説明される。
 尾もその総体より上へ一寸か二寸位い上げていて揃っているのがよく、尾をエビの様に拡げてスキのあるのはよくありません。尾が揃っていても長過ぎたり、例えば、
氏はまた熱心に図解によって語をつぐ。
羽根をすぼめた先端から尾の先まで指が三本横から入るように長いのはよくありません。
 大体指が二本ぐらい入る位いがよいと思います。足も短くちじんだのより少し長くがっしりと、踏ん張りがよく総体に姿勢の正しいのがよろしい。長身は長距離によく短身は短距離に適していますが、私はその長短の中間の方が良いと思います。
 ご承知でしょうが大体に鳩を正面から見てひ平ったく、身体も少し小さく首も細いのが雌で、首も太く身体が少し大きいのが雄ですが。』

□作出の考え方□

 氏は次に良い鳩は如何にして得られるかと言うことに話題を進めていかれる。


 『よい鳩を得ようとしますのにはやはり大事に可愛がっていくことですね、西九条の鍛冶由さんや西川さん、和田さんなどは大阪では上手でしょう。
 勿論親鳩によるところが多いのですから、交配さすのも成るべくその親鳩のよいところによって得ねばなりません。――といって良い親鳩だからと言って1年も2年もつがい通しではいけません。、適当にその次のよい親鳩へというふうにいわば移動交配主義によるのです。
 孵化させるについても、春の4月5月頃に孵化させるのが一等成績が良く、私の方も立派に成功しました。やはり寒い時期に孵化するのは成績もよくありません、また秋に孵化するのはよくもなく悪くもありませんから、どうしても春に孵化するのが一番良いと思います。それも2回か3回ぐらいでしょう。。
 餌は私の方ではおのみ専門でやっておりますがやはり人間同様カルシュームを含んだ塩分がよいようです』。


□レースの回想談□

 氏は又鳩に対する独特な識別法かた飼育されて来た愛鳩の先年吾が飼鳩界に一代記録を記してヤンヤと喝采を受け栄誉を勝ち得たときの追憶や、鳩の霊感作用や、その鳩の脚の強弱の重大なこと等について語られる。

『そうでした。1昨年宇都宮で午前6時に放った放鳩の中で徳永さんと私との鳩が、午後6時丁度12時間で、大阪に帰って成功してその他の人達の鳩は、その翌朝7時から8時頃に大阪に帰ってきたことがありました。
 また先年も水戸から放った鳩が伏見まで帰ってきて足の疲れを休めて道草をしていてついに大阪まで帰らずに伏見で拾われて帰ってきたことや、まだそのほかに途中で迷い込んだり、疲れて汽車に轢かれて死んだりした例もありますが、それは大抵脚の弱かったのに原因があります。
 また鳩の霊感について鋭いのは先年宇都宮から放った鳩が、霧と露とに包まれていながらも目的地について成功したことがありました。昨年、東京の瀧野川の諸口鳩舎から約百羽程の鳩を放ちました時その澤山の端とは放つと同時は吾れ勝ちに西の方へ見ているように一つの集団となって、飛んでいくその様を見て私は熟々とその鳩が持つ霊的知覚に驚かされたことがあります。
 鳩は御承知の通り鳥目で夜は見えないもですが、私は経験のため夜間通信をすべく夜汽車で目的にから放鳩したとき、その鳩は夜雨の中を無事に鳩舎に帰って来て盛んにその鳩は五尺程もある鳩舎に飛び込もうと思って、矢鱈(やたら)にパアパアと何回ともなく、飛び上がっていましたが、しまいい遂々中に飛び込んで嬉しそうにクウクウと鳴き続けていたこともありました』。

□訓練や飼育方法の考え方□

氏の語は尚熱心に鳩の訓練や、飼育方法についてのびていく。

『大体に鳩は平常過度の訓練は別に必要ないと思います。只会(※レースのこと)の間際になって1里から2里、3里――こういう様に順次、奈良伊賀桑名からご試練すれば良いと思います。どうも最初から遠距離から放つという傾向がありますが、例えその鳩が遠距離から放って予想より早く鳩舎に帰ったからと言って決して良いとは断言が出来ません往々、そんな鳩が会に出て途中道草をして行方が知れなくなって不成功に終わることがあります。最初遠距離から放ったときに、むしろ多方面に迷い込み飛び回りながら、苦しんで帰ってくる鳩の方が返って善いというのは、会に出たときにそうした鳩はよく多方面の地理を解し、まごつかず飛ぶということです。また会の前は、満腹主義より、空腹主義をとってただ僅かの玄米を食べさせ水を飲ませておくことです、まあ、餌で釣ると言いますか,満腹主義は鳩がよく怠けるようです。
 また平常の飼育法については、なるべくその鳩の耐久力を養うべく野性的放任主義がよいと思います。軍用鳩は短距離にはよいが長距離に向かない欠点も、その規則的な飼育によるものではないでしょうか』。

□レースの参加羽数□

氏は昨年陸軍に愛鳩3羽と尚本年の大会に使翔すべき3羽もまた海軍に寄付せし事などを種々述べられて後、来年度の準備として約5羽の愛鳩を飼育しつつある旨や好鳩会本年度大会に就いての模様やまた将来是非とも北陸と青森方面へ飛翔させて見たい希望を解説された。

以上(大阪鳩園社発行雑誌『鳩』、1926年(大正15年)2月号P14〜P15より引用)

 ■勢山庄太郎「鳩の優劣鑑別法」から見えてきたこと@■  イレブン  2018年11月9日(金) 5:03 修正
◇「雑誌『鳩』、1926年(大正15年)2月号、大阪鳩園社発行」であることの持つ意味◇

 この勢山庄太郎「鳩の優劣鑑別法」が掲載されたのは、日本最古の鳩界雑誌「鳩」の大正15年(1926年)2月号です。つまり、クレルカンさんらと1000羽の伝書鳩が我が国に到着した1919年3月31日から7年後に掲載された記事なのです。この日本最初の鳩の月刊誌「鳩」創刊されたのは実に1922年の5月ことで、1919年日本在来元年から3年後のことでした。しかも、発行は、大阪を本拠とする「大阪鳩園社」でした。レース鳩の始まりが大阪、京都を中心とする関西からだったという伝聞は、この事実からも明らかですね。イレブンは、この雑誌「鳩」に焦点を当てたテーマだけでも1冊の本になるほどの内容があると思っています。いずれ、この「勢山エスエス系の研究」で取り扱いたいと考えています。

 さて今問題にしているのは、日本在来元年から7年後に「鳩の優劣鑑別法」が掲載された「大正15年」がどんな意味を持つ1年だったかと言うことです。

 まず、重要なのは、この年の12月に大正天皇が崩御されていると言うことです。つまり、大正15年は大正時代の最後の年であり昭和の最初の年に当たるのです。ネットで検索すると次のような解説がありました。

●「昭和元年は、1926年(大正15年)12月25日に大正天皇が崩御なされ、その日に昭和と改元されました。ですから、昭和元年は1926年の年末のわずか7日間のみとなり、大半は大正15年ということになります。
 これは奇しくも、昭和の最後の年である昭和64年と同じです。昭和天皇は、昭和64年(1989年)1月7日の午前6時33分に崩御なさいました。翌1989年1月8日からは「平成」が始まりました。
 したがって、昭和の始まりの年である昭和元年と、昭和の終わりの年である昭和64年は、どちらも7日間という短い年となったわけです。感慨深いですね。」(https://kagebome.com/showa01/

そして、この記事を書いているのは2018年平成最後の11月です。これも感慨深い?ですね。

さて、この「大正15年」は、「勢山エスエス系」の歴史上でも、もう一つ重要な意味を持つ年です。釜山帰りの勢山エスエス系の代表原鳩「SS278号」が誕生した年でもあるのです。この記事が大正15年の2月号ですから、鳩園社の記者が勢山庄太郎の自邸で取材していた時点では、「SS278号」は、まだ、卵としても生まれていなかったということになりますね。そして、このSS278号が釜山から帰って来て勢山氏が大阪の街で盛大にパレードしたという逸話があったのは昭和4年のことです。単純に計算するとSS278号が4歳の時の話のようですが、昭和元年が大正15年の年の最期7日間(12月25日から12月31日)しか無かったので、大正15年生まれの【SS278号】が昭和4年5月実施された釜山からのレースで翌日帰還し優勝したのは、3歳の時の記録ということになりますね。

この事実を踏まえて、この勢山庄太郎の「鳩の優劣鑑別法」の記事を読んでみるとまた違った感慨を覚えます。まずこの一文が目にとまります。(※左画像参照)

○「氏は本邦鳩界に於いて『鳩を鑑る眼』をもつ最も知名なる一人である。氏は鳩を飼う方法に就いても他の人々と全然異なる点を多く持っている。就中羽色に至っては、灰色(土羽二引)のみの鳩を飼い詰め飼料も亦麻の実を専用とするなど一風変わったものであるが、氏の優劣鑑別法はこれ又専門大家の舌を巻く程で永年の経験に依り氏独特の法に依り、見るもので殆ど百発百中の妙眼である」

 勢山庄太郎は、釜山帰りの大記録以前に、すでに「本邦鳩界に於いて『鳩を鑑る眼』をもつ最も知名なる一人」として名声を博していた超有名人だったと言うことです。これは、おそらく、この「鳩の優劣鑑別法」のなかで勢山庄太郎自身が述べているこうした翔歴にもよるのでしょう。勢山庄太郎は釜山以前からの大チャンピオンだったと言うことになりますね。

○1昨年宇都宮で午前6時に放った放鳩の中で徳永さんと私との鳩が、午後6時丁度12時間で、大阪に帰って成功してその他の人達の鳩は、その翌朝7時から8時頃に大阪に帰ってきたことがありました。

しかも、この記事を取材した記者の次の言葉に見る事実が勢山庄太郎をして「名人」と言わしめていたのでしょう。

○「氏は大会に参加する羽数も極く僅少の三四にしてよく最終の放鳩地点に成功する」

僅かな参加羽数で、次々と前人未踏の大記録を打ち立てて行く勢山庄太郎に対して、当時の鳩界人が羨望と尊敬の眼差しで見ていた事は、このことからして当然かも知れませんね。集合写真の中心にクレルカン中尉の愛弟子伊崎大尉の横に並んで写っている意味がよく分かってきますね。実は、この集合写真は、雑誌「鳩」の創刊3周年記念の特別号(「鳩」1925年5月号)に掲載された画像です。つまり、雑誌「鳩」の創刊は、1921年5月です。(※要調査イレブン)この創刊1年前にクレルカン中尉一行は佛国に帰国しています。このことはこの日本初の鳩界雑誌「鳩」も創刊と深く関わっているようにイレブンは感じます。

 さて、この勢山庄太郎「鳩の優劣鑑別法」から、当時の状況が様々明らかになってきました。勢山庄太郎の鳩理論そのものについての考察は、また後ほど別項を点てて考察していきます。まずは、勢山庄太郎の人物像と庄太郎が生きた時代を明らかにすることがこの章のねらいです。
 そこで、いよいよ、第2資料「関西鳩界の重鎮勢山氏との初対談……並木安一談」の全文公開に入ります。この資料から、勢山庄太郎の全貌がかなり明らかになります。お楽しみに!!

※ちょっと一休みして、この1926年に録音されたルイ・アームストロングの歴史的名演奏、スキャット・ヴォーカル流行のきっかけとなった「ヒービー・ジービーズ」を聴きながらコーヒーでも飲んで当時の雰囲気に浸ってみませんか。https://www.youtube.com/watch?v=IvqxedEuoj8
(つづく)

 ■『関西鳩界の重鎮 勢山氏との初対談記』 並木安一(『普鳩』昭和16年12月号P12〜P13より引用)■    2018年11月11日(日) 5:20 修正






















◇勢山氏の在りし日の面影◇

 話は少し前へ戻りますが、関西鳩界の重鎮、大阪好鳩会の大幹部で、昭和8年5月の28日に他界された勢山庄太郎氏と、初めてお目にかかった時の忘れることの出来ない印象をお話ししましょう。

 あの方は上京されると帝国ホテルへ宿を取って、その都度協会長の徳川男爵や、常任理事の荒井尋平冶さんを訪ねられましたが、私が協会の常任会計理事だったので「一度並木さんへ行きたい」と云い云いしておられたのでした。

 勢山さんは、お父さんからして鳩がお好きで、従って勢山さんも6歳の頃から鳩を飼って、59歳で逝かれるまで、半世紀以上も長い間鳩と親しまれた方で絵画でも音楽でも、名人と謂われる人は幼い頃からその道に親しむもので、鳩も五つ六つの幼年時代から観ていれば必ず勘所がよく分かるようになると思います。

 勢山さんもそのお一人で、日本鳩界が今ほど盛んでない時代に必ず最終の目的地点まで鳩を届かせていた名人でした。盛岡大阪間の大競翔会を大阪好鳩会が主催したときも他鳩舎は皆帰りませんでしたが勢山さんの鳩だけは2羽も帰っています。その後釜山大阪の海峡横断に大成功を収められ、驚異的な成績を示されました。何しろ勢山さんが鳩体を捉まえられば、是は400だ、600キロは大丈夫という風に、一目で鳩の能力を見抜く鑑識眼を持っていられるいう噂を耳にしていましたので、一度親しくお目にかかって鳩術上のお話を承りたいと思っていました折柄、たまたま娘さんを同伴して上京され、ホテルに泊まられたのでお招きしたところ、有名な灘の生一本のお好きな方で、御馳走はいらぬ、おいしい酒さへ頂ければとの事なので、本場から来た良酒を取り寄せてお招きしました。

 非常に天気の良い日の午前10時頃でした。荒井さんの案内でお見えになったので、2階でまずは一献差し上げて、鳩小屋を座敷から眺めながらいろいろお話を承りました。

◇土鳩で競翔した話◇

 勢山さんが鳩を飼育された最初は、明治初年頃の事ですから、日本に伝書鳩が居らず、首だけが白い「宮鳩」つまり土鳩の一種を飛ばして楽しまれたもので、脚環なんて無かったのでしたから、その後伝書鳩を手に入れられ、最初の競翔は帰った鳩を審査場へ持っていかれたのですが、あまり夢中になって鳩を握り殺したりするので、次の時は手羽にゴム印を捺して、それを1枚抜き取って審査場にへ持参したそうで、しかしそんな風にして三四回も競翔すると手羽が不足して鳩は飛べなくなるというふうな笑えないナンセンスもあって結局脚環を入れることになりました――こんなことを面白く話されました。

◇鋭い眼識に敬服◇

 それから鳩小屋に案内して見てもらいましたが、私も人が悪い、一つ勢山さんの腕試しをするつもりで,黙って鳩をご覧に入れてから、遠慮の無い御批評を願ったのです。仰有る事をそのまま鵜呑みにはしかねますが、益々鳩を改良整理してゆきたいから鳩の良否を批評して下さいと申し上げると、勢山さんは一羽の灰色の雌を指して、
「この鳩はヨロシウおまっしゃろがナ」
と大阪弁で云われ、続けて
「これは今日の夕方4時頃に卵を産みまっせ」
と仰有いました。この勢山さんのお眼に止まった鳩は、驚いたことに『並木46号』で、4年の富岡競翔に分速千百五米で一等賞を獲得した、当時自慢の雌でした。親は、中陸の3219号、仔も皆よく飛ぶ、言わば並木鳩舎の至宝鳩でしたので、私もさすが勢山さんだとその鋭い眼識に敬服しました。またこの♀のお腹の大きいのは私にも分かっていましたが、一目見て卵を産む時間を言い当てられ言われた通りその日の午後4時に卵を産んだのですから、私も勢山さんをエライ人だと思いました。

◇ 将来への一大確信◇

 それから、良い鳩だけ選り抜いてもらいました。37,8羽いた中で、半分ばかりはおすすめにあづかりました。記念に性能の見分け方を関東鳩界の為に教えて頂きたいと、46号を捉まえて握って頂き、持ち具合から調べ方を注意深く観察していると、勢山さんは龍骨から翼、鳩全身すっかり検査して
「ヨロシウおます」
と云われました。そして、龍骨の長さ、手羽の幅さ、風切羽は外から5本はこんな格好がよいとか、姿勢はかくあるべきだとか、いろいろ貴重な経験の結果を話して下さいました。承っているうちに私は勢山氏の鑑わけ方が嘗てアメリカの鳩雑誌に出たミラー博士の見分け方とピッタリ符号している事に気がつき、国は異なってもエライ人の話は一致するものだ、毛唐が特別にエライのではない、私達も先進国の人たちと同一の能力を持っている事がわかり、それ以上に研究すればモットえらくなり得るものだという、一大確信を得たのです。
さて勢山さんが「よろしゅうオマス」と云って選り別けられた20羽近い鳩を良く見ると背中がみんな逆弧線を描いて尾羽がピッとはね上がっているのでした。この型は昔から私の好きな型なので、なるほどと頷首いた事でした。

◇前になく後に無し◇

 そのほか色々な秘伝を教わりましたが、勢山さんは午後2時頃まで大変愉快にお話でした。そして、これから毎年上京の時にはぜひ、お伺いすると云って帰られたのですが、翌年永眠されたのは何とも遺憾な事でした。
 勢山さんのご商売は竹屋さんで大分前に夫人は亡くなられ、鳩が勢山さんの女房でした。
 モ一方、大阪の古い鳩飼で和田永次烽ウん、この方とは中陸で開かれた協会総会の時にお目にかかり、羽の見方を教わりましたが、勢山さんのような名鳩飼は私の愛鳩十五年の歴史を通じて二人とはなく、この人をして東西対抗戦に勝たれたのは偶然では無いと思いました。それに大阪鳩界の為と云えば何事にも率先して一同を指導されたものです。
 勢山氏の前に勢山氏無く、後にもあのような人は出ていません。
 序に並木46号のその後を申しますと、満州国公主領の愛國鳩舎へ献納いたし、其処で一生の責務を終えました。

以上(『普鳩』昭和16年12月号P12〜P13より引用)


 ■「『関西鳩界の重鎮 勢山氏との初対談記』 並木安一」から見えてきたこと@■人物年表■    イレブン  2018年11月14日(水) 5:15 修正
この「『関西鳩界の重鎮 勢山氏との初対談記』 並木安一」は勢山庄太郎の人物像を知る上で極めて貴重な情報が書き留められています。筆者並木安一さんは、おそらく「前になく後に無し」と言わしめるほどの人物であった勢山庄太郎のことを後世に伝える思いでこの体験記を記されたのだろうとイレブンは感じています。まずは、この体験記を元に、これまで調査してきた資料の情報も加えて、勢山庄太郎の人物年表を可能な限り書き起こしてみましょう。

■勢山庄太郎 人物年表■

【 0歳】1874年(明治 7年)誕生
【5〜6歳】1880年前後(明治13年頃)鳩を飼い始める
【44歳】1919年(大正 8年)3月31日クレルカン中尉及び1000の伝書鳩来日
【45歳】1920年(大正 9年)
【46歳】1921年(大正10年)4月クレルカン中尉ら3人帰国
【47歳】1922年(大正11年)
【48歳】1923年(大正12年)5月雑誌「鳩」創刊、出版社大阪鳩園社の本社特別賛助員就任
【49歳】1924年(大正13年)
【50歳】1925年(大正14年)4月20日 東京師岡邸にて「愛鳩家の集い」に出席
【51歳】1926年(大正15年)雑誌「鳩」2月号に勢山庄太郎「鳩の優劣鑑別法」が掲載、10月23日【SS278号B♀】生まれる
【52歳】1927年(昭和2年)
【53歳】1928年(昭和3年) 10月19日【SS375B♂】生まれる
【54歳】1929年(昭和4年) 5月25日釜山→大阪600Kレース翌日帰還優勝【SS278B♀(2歳)】、【SS375B♂(当歳)】後日帰還、大阪御堂筋通りにてオープンカー3台でパレード。
【55歳】1930年(昭和5年)
【56歳】1931年(昭和6年)
【57歳】1932年(昭和7年)並木安一宅訪問
【58歳】1933年(昭和8年)5月28日逝去(59 歳)

この「勢山庄太郎 人物年表」は、随時加筆修正していきます。

特に、勢山エスエス系基礎鳩【大9ー5554B♂】【France19??-5382】を手に入れたのがいつなのか。その可能性を現在調査・考察中です。

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